次世代を育てるには個人が教育論を学ぶとよい?

この記事は約 3 分で読むことができます。

1.はじめに

“教育”という言葉を聞いて、どんな人が関係すると思いますか? よく思いつくのは、学校に通い学習する本人である子供、教える側の教師のことだと思います。このように、現在の日本では、教え手と学び手が明確であるのは主に学校で、社会に出た人は働きながら自ら学習していくことになります。ただ、持続的な社会を形成するために次世代の人材を育てたいのであれば、私の持論としてはすべての人間が教え手になるということを提案したいです。今回は、このことについて私の考えを語りたいと思います。

2.なぜそう思ったのか

私には3歳年下の弟がいます。弟は中学校の途中から不登校になってしまい、8年ほど引きこもったあとに高卒認定を取得しました。その後専門学校に通い就職しましたが、最初の就職先ではうまくいかずに1年も経たずにやめてしまいました。相談に乗っていた時に何が困っているかを聞くと、「仕事を教えてくれない。」とのことでした。新人で作業過程を完全に把握しているわけでもないのに、上司からはろくに教えてもらえず、ミスをしたときはこっぴどく怒られるとのことでした。

このこともあって、学力や技術は個人が習得するだけに留まらず、次世代を担う人材に渡していくこと、つまり個人が教育のスキルを持つことが必要なのだと思います。

3.私なりの次世代の範囲

次世代と呼ばれる人の年齢がどれくらいなのかというと、私の考えでは0歳から30歳までだと思っています。0歳から20歳弱までは言わずも育てられる側だと思いますが、私はそこに20歳から30歳までも加えます。その理由をいくつか挙げてみます。

  • 体力や精神力など、人間の一生の間で最も活力のある時期である。
  • 社会に出たばかりで、社会への順応の仕方がわからない。
  • これくらいの年齢の人が、次の時代の社会をつくることになる。

こんな感じで、社会に出てからもしばらくの間は学ぶ側であってよいと思います。では、誰が教えるのかというと、職場の上司や仲間が該当すると思います。このように、教育の手法を学ぶ必要がある人は、決して子供に勉強を教える将来の教師だけでなく、一般の社会人も含まれるのです。

4.どこで教育論を学ぶべきか

大きな会社であれば、新人研修などのシステムが整っていると思いますが、中小企業の場合ではそうもいかないところもあります。なので、人に物をどんな風に教えればよいかについて、その基礎概念については義務教育や高校で教えて実践させるべきだと思います。つまり、子供は学ぶ側に留まるだけでなく、教える側になる練習もしてみたほうがよいというのが持論です。子供にとっては何かを習得するだけで精一杯かもしれませんが、その学んだことを説明できる力を育んだほうがよいと思います。

5.終わりに

個人個人が一生涯について学ぶことを指す言葉である“生涯学習”は、1965年にユネスコによって提唱され、日本もその流れに乗ってきました。子供の自分で学ぶ力が強くなれば、その課題は達成されるでしょう。しかし、今の日本ではまだ到達できていないので、生涯学ぶだけでなく生涯教えるという提案があってもよいのではないでしょうか。今後の日本が、より社会的に次世代を育成するようになることを期待して、今回の記事を終わりにします。

終わり

統合失調症をもつマルチライターシカマルのおすすめ記事10選!

2018.10.29

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

30代になりたて、統合失調症&適応障害持ちの、元教職員です。生物学が好きで、TANOSHIKAの仕事でなぜなに生物学を企画したり別に生物サイトを立ち上げたりしています。生物学習サイト「高校生物の学び舎」をはじめました。(↓のwebsiteをクリックで閲覧できます)