わたしが文章を書く理由

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文章を書く。

この行為が苦手だった。
日記も3日坊主で終わってしまう。
体重記録も4年で止まった。

時間を「書く」に費やしたくなかった。

大学も卒論選択しなくていい学科に入った。
なのに、大学の単位取得はレポート提出ばかりで。

なるべく早く終わらせようと、
講義中にsurfaceでがたがた書いていたこともある。
3~4千字もヒーヒー言って、
読み返すとひどいものだろう。全データを削除した。

でも今は、何か「形」で残さないと気持ちが悪い。

とくに「さぁ寝ようと」した瞬間。
頭の中に思考が、ぽえむのような若干ぶるっとする感覚が
襲ってくる。

次の日には忘れてしまうから
寝る前のスマホは駄目だとネットや本に嫌と言うほど書かれているのに
スマホにメモを残す。
後からmacでもiphoneでも継ぎ足せるから。
手書きでもいいはずなのに、2重になるのはいや。

 

思考って生ものだから。

書き直しはその瞬間考えていたこととまた違った思い入れになりそうで。

寝る前スマホはやめられない。ダイエットやってた時は厳重に守っていたのに。
一度許すと、大丈夫だろうとお気楽になる。

なんで180度も変わってしまったんだろう。

たどり着いたのは、仕事で「書く」が義務になり

義務が楽しいに変わったからという結論。

助詞1つで意味合いが変わる日本語。
美しくも汚くもなる表現。
知的に見せようとあえて難しい表現を使って意味わかんなくなることもある。

今では誰もが簡単に残せる時代になった。
スマホの十字キーに慣れ過ぎて
ガラケーのキーをダダダダ打つのはもうしんどい。

手には重すぎる携帯を持って10年以上が経つ。

利き手にはがちっとしたサポーターをはめないと悲鳴を上げる。

わたしが生み出した文章が
誰かの支えになれば嬉しいし、
面白いと言ってくださったなら、わたしの幸せに変わる。

以前、私の知らないところで「この文章いいね~」ってなってたことがあって
たまらなく嬉しかった。

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facebookやツイッターでシェアされたときも
コメントでは冷静を装うけど、内心は天にも昇るような気持ち。

以前、自暴自棄になったことも
自分を否定されたことも
「死ね」と言われたこともあったから。

 

純粋に嬉しくなるんだろう。

「書けない」とつらくなることもある。
でも、世の中に題材はあふれていて

実体験でも、空想でもなんだっていい。

表現に制限なんて存在しない。

芸術は人生になくても困らないと言う人もいる。

それでも、
テレビだって音楽だって絵だって映画だって

誰かから生み出されたなら表現だし芸術だ。

これからもガタガタキーボードを打つし
akariで書けることをワクワクしながら
わたしが生きた証を残していく。

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ABOUTこの記事をかいた人

23歳ライター▼うつ病発症→1年で高校中退→高卒認定を取得し、指定難病「微小変化型ネフローゼ症候群」発症も大学を4年で卒業。地方経済雑誌記者を9ヶ月で退職し、フリーのライター、モデルで食ってます / 難病×不登校×うつ病について発信▼note:https://note.mu/maria_nkym/