パワハラと家族の不和で適応障害を発症 -TANOSHIKAで再起したい-①

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1.適応障害になったきっかけは!

道のり(心の変化)

今まで色んな仕事もして、色んな人と出会ってきました。良い事も悪い事も沢山経験してきました。
人見知りなんですが人と話す事は好きなんです。(矛盾してますよね)(笑)
主に、サービス業をやってきました。接客が好きなんですが、ある日、突然身体に異変が起きました。
20代の頃の「ストレス」は、お酒を飲んだりドライブに行ったりして解消してました。
其れは、結婚を機に相手の両親と同居して子供が出来て、数年後には相手の両親の持っている「プライド」
仕事場での上司からの「パワハラ」でした。
運転をしても注意力が散漫になり、信号等の見落としや・拒食症になり病院への受診する事になりました。
先生からは「適応障害」と診断を受けました。先生は「環境を変えると、症状が軽くなるよ。」アドバイスを受けました。

2.病気になってどんな生活だったのか

其れを機に仕事を辞める決断をし、引籠りがちになってしまい家族からは、「周りの目が有るからなるべく
一日中家に居るのはやめて、職安でも行って」と冷たい感じで言われました。殆ど蚊帳の外でした。(涙)

3.転職したけど・・・

誰にも頼れなくて、やっとの思いで仕事を見つけました。

30歳を過ぎて結婚をしたのですが相手の親が持っている「プライドで」衝突が増えて、更に上司の「パワハラ」等の原因が重なって、其れは、突然遣って来たのです。(震)(自分が感じた事は、自分の中の常識は自分以外の人によっては非常識?多分、逆の事も有るとは思いますが!?適切な表現では、無いかもしれませんがすいません。)朝起きて会社に行くのが億劫になり、拒食症不安障害等が出始めて、別の病院を受診する事にして、先生からは「鬱病」と診断されました。上司に相談をして、入院という形になりました。

4.そこからの回復過程

最初の方で、お話をさせて頂きましたが仕事の中ではパソコン等は殆ど無縁だったけどスマホは何となく使えてました。(笑)何回も入退院を繰り返していたので、会社の上司に相談をして辞める事を決断しました。其れは、会社や事故を起こした時に被害者の人にも迷惑を掛けるので其れがBestだと思って辞めました。そして、一般職の仕事が困難になって、病院の先生と話をして障害者という資格?(適切な表現では無いかもしれませんが、不快に感じられた方には本当にすいません。)を取りました。まだ、本調子ではありませんが・・・通院は定期的に行ってます。

5.TANOSHIKAに出会ったきっかけ

入院中に仲良くなった人と、仕事の話をしている時に障害者でも働ける所を見つけてくれた人が教えてくれたのが「TANOSHIKA」さんという施設でした。今は、ネットの世界(社会)だと思ったので職安で障害者担当者の人達と話を何回も重ねて行くうちに「何でもチャレンジ(一歩踏み出す勇気が)が必要ですよ」とアドバイスを受けて面接を受ける決意をしました。そして採用が決まり通うことになりました。(嬉)
が、最初はとても不安でした。本当に遣って行けるのかっていう気持はありました。多分、何を始めるにしても経験がない時は誰でも少なからずお持ちではないでしょうか❓いざ通う事になって行って見ると、皆さんは障害を持ってると感じさせない様な明るさや元気な挨拶等をしっかりしていて(安心)出来ました。(嬉)

6.まとめ(私のこれからについて)

其処で、パソコンの勉強をから始めました。右も左も解らない事だらけでしたが、皆さんがとても優しい人達ばかりなので、周りの人達に助けてもらいながら少しずつ出来る事が増えていき約1ヶ月位で何とかホームページやブログを作る事が出来ましたやはり、「何でもチャレンジ(一歩踏み出す勇気が)が必要と」感じれて達成感も味わえて目標少しは持てる様になり先ず一つだけ!小さな事や大きな事でも良いので1日1個は覚えて帰る事人に解り易く教える迄に成る事と解らない事は、なるべく自分で検索する習慣です(結局3つ書いてますネッ(笑))
次回は、入院生活や薬の事や病気の事等を書いていこうと思いますので、ご意見等がありましたら幸いです!

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