ゴミをポイと捨てると、そのあと、みんなそこに捨てる

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ゴミをポイと捨てると、そのあと、みんなそこに捨てる ~美しい人をつくる「所作」の基本より~

街中で道路でも、いつも綺麗に掃除が行き届いているところは、不思議といつまでも汚れない。

ところが、ゴミなどが、散らかっている場所は、あとからあとからゴミが捨てられて、ゴミ箱のようになってしまう。そういわれたら、「たしかに!」と共感する人は多いのではないでしょうか。ゴミがひとつも見当たらなかったら、「ここに捨ててはまずい」という気持ちになるのに、ひとつでもあれば「ま、いいか」と思うのが人間の不思議な心理です。

あなたが捨てたゴミが、他のゴミをどんどん呼び寄せる

そう考えたら、「無責任なポイ捨てに”禁止令”を発動しよう」ということになるのではないでしょうか。

これが、この本の作者、某寺の住職が書いた「禅」の教えです。私も、これを読んで「たしかに!」と思いました。いつも、綺麗な所、いつも汚れている所は決まっています。それに、ゴミがひとつも見当たらなければ「まずい」と思いますし、間違ってもゴミは捨てられません。私は、タバコを吸いますが、今の世の中、外では、なかなか灰皿が見つかりません。だからといって、携帯灰皿を持ち歩いてたとしても、そこが喫煙場所でないとタバコは吸いにくいです。誰か、他にも吸ってる人がいれば、吸い殻があれば吸うでしょうが……。

ひとりもひとつも、なければ「ここでは、ダメなんだ」と思い吸いません。この作者は、タバコは見えない害ともいっています。

吸わな吸わない人にとってタバコは迷惑の極み

だそうです。嫌煙権があると同時に喫煙権もある、ということは認めて欲しいですものです。煙やにおいが他人に届かない環境でなら、心おきなく楽しませてほしいです。しかし、周囲に迷惑を被る人がいる可能性があるという場所では「一本吸いたいな」という自分のことはひとまず措き、まず、他人を思うという姿勢が望まれると作者は、問うています。

「タバコは完全な愉楽の完全な典型である」(オスカー・ワイルド)

この言葉に対し、作者は、

しかし、たとえ愉楽であったとしても、その愉楽に易々と身を委ねるのと、人のためにグッとそれを抑えるのとでは、どちらが美しい生き方か考えてみるまでもないのではありませんか?

と問うてきました。「なんとも、おっしゃる通りですね」「はい。我慢してますよ」これが、私の感想です。ゴミの話からタバコの話に変わってしまいましたが、どちらも美しい人をつくる所作(立ち居振る舞い)のことです。「美しい人」になるには、こういった努力も必要ですね。考えさせられます。とはいえ、私は、うつ病。言い訳に聞こえるかもしれませんが、どうか、喫煙所増やして下さいませ。

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うつ病と闘うアラフィフ。おまけに、腰部脊柱管狭窄症!踏んだり蹴ったり。のんびり穏やかに毎日を送っていきたいと思ってます。個人のブログサイト始めました。(閲覧は↓のwebsiteをクリック)