日本の教育を考える 公費負担が少ない日本の教育

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1.はじめに

 「塾」は、日本、あるいは韓国を含めた東アジアに特有の教育システムであり、欧米諸国には存在しません。平日の夜や土日に塾通いをする光景に対して、「日本の学校教育はよほど非効率で、学力を高めるのに失敗してのか」と問いかける外国人もいるそうです。

 神戸市の私立灘高校の学生を対象としたアンケートによると、高校生全員が何らかの塾に通っていたことが分かりました。しかも高校入試の前に、平均2~6年の塾通いを経験していました。塾通いは、首都圏の名門進学校でも共通しています。

2.なぜ子どもは塾に通うのか

 塾に通わせる理由の一つは、まず子どもの学力向上ですが、重要な事実があります。受験のための塾に通う子どものうち、父親が大卒である児童はそうでない子どもに比べ、学習時間は2倍近く多く、学力も高かったのです。

 その理由としては、第一に父親が大卒であれば、非大卒の父親よりも所得が高いので、子どもを塾に通わせるだけの経済的余裕があること、第二に、自分が大学まで進学したのであるから高い教育を受けたことのメリットを実感しているので、自分の子どももできるだけ大学に進学させたいとの希望があり、教育に熱心となる、第三に父親は大学に進学したのであるから、平均よりも高い頭脳能力を持っている可能性が高いので、子どもも遺伝によって平均より高い能力を持って生まれた可能性があること、などがあげられます。

3.子どもの教育費はどのくらいかかるのか

 文部科学省が2年に一度実施している「子どもの学習費調査」などをもとに試算すると、子ども一人を幼稚園から大学に通わせるためにかかる費用は、最も安いケースで1060万円、最も高いケースで4170万円でした。さらに幼児期から高校生まで、塾や習い事といった学校外教育の総額は平均で294万円かかります。

4.教育費の公的負担が少ない日本

 こうした決して安いとはいえない教育費を、日本では主に家庭が「私的」に担ってきて、国など公共的な負担はあまりありませんでした。先進国が加盟するOECD諸国の中で、日本はGDPに占める公的教育費支出の比率は最低水準です。日本や韓国、アメリカなどでは教育費の私的負担の割合が大きく、イギリスを除くヨーロッパ諸国では公共負担が大きいです。

 なぜ日本では、家族が私的に教育費を負担してきたのしょうか。それは、明治以降の家族のあり方によるものであると考えられます。明治時代は、家父長制のもとで、妻や子どもは家長(父親)に服従する必要があるとされ、「家族の結びつき」が強く謳えられていました。さらに、第二次世界大戦以降は、経済復興のため、教育への投資よりも、橋・道路・港・空港などの公共事業や、産業を育成するための補助金や投資費用に多くが向けられるようになります。

5.親も「家族が負担すべき」と考える

 大学など高等教育の教育費は、社会が負担すべきか、個人もしくは家族が負担すべきか、という質問において、東京都と富山県で行われた調査でも、7割~8割の回答者が「家族が負担すべき」と回答しています。

6.教育は公共財

 大学教育は私的財(サービス)か、それとも公共財でしょうか。大学教育の費用を社会で負担すると、そもそも大学に行っていない人も含めて国民全員が税負担をすることを意味し、不公平感はあります。しかし一方で教育は、公共財であるという考え方は、日本においても必要であると思います。

 大学教育を受けた人が従事する仕事によって、社会全体が受ける利益が大きいからです。技術者、学者、教師、企業の経営者や管理職、司法関係者のように高い知的水準を持つ人は、結果的に国の利益に貢献し、それが国民全体の利益になるためです。

 教育を国家的な公費負担で行うべし、と主張したのは、フランス革命時の思想家であったニコラ・ド・コンドルセでした。それまでの時代では、教育を受けることができたのは、貴族や上流階級の子どもだけであり、それも、家庭教師やごく少数の子どもを対象とした私的な家庭内における教育でした。これであれば、ごく限られた人しか教育を受けられないことになります。

 実際、18世紀~19世紀のヨーロッパでは識字率は非常に低く、しかも日本での同時代よりも低かったのです。そういう状況であれば経済や文化の発展もありえないので、できるだけ多くの人に教育の機会を与えるべし、コンドルセは考えたのです。そのための有力な手段として、公費で学校をつくって、教師も公費で雇用するという公立学校を多く創設することにしたのです。

 現実に、日本においても低所得世帯の子どもは大学進学率が低く、高所得世帯では高いというデータが如実にあらわています。高等教育の無償化は、人権の面からみても、国家的な利益からみても、必要であると私は思います。

    参考

 橘木俊詔(2017)『子ども格差の経済学 「塾、習い事」に行ける子・行けない子』東洋経済新報社.

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