メディアをめぐる社会学 メディアとは何だろう 【社会を学問する!】

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1.はじめに

 メディア(media)とは、そもそも「中間の」という意味を表すラテン語のmediumから派生した言葉で、媒体、媒介するものという意味を表します。したがって、個人と世界を繋ぐもの、個人と他者とを繋ぐものはすべてメディアということになります。また、マーシャル・マクルーハンは、「メディアはメッセージである」と言い、人間の作り出したメディアは、反作用して人間の感覚に影響を及ぼし、個人の経験や社会関係の形式を作り出す、と主張しました。

2.情報社会論

 そして近年では情報社会化が重要なキーワードとなっています。「情報社会(information society)」という言葉は、1963年に梅棹忠夫の「情報産業論」を掲載した雑誌が行った座談会「情報社会のソシオロジー」に使用されたのが最初とされています。こうした梅棹の議論は、1960年後半から1970年代はじめにかけて、「情報社会論」というブームを作り出し、情報社会という言葉は、英語に翻訳されて欧米にもその概念が広まりました。

 情報社会論は、産業の発達あるいは産業構造の変化を「社会の進化」として捉え、工業化が限界近くまで発達した日本では、今後は情報産業が発達するという未来予測をともなった発達段階論でした。たとえば、当時の情報社会論の主要な論客のひとりであった増田米二は、「狩猟技術」、「農業技術」、「工業技術」に続く、人類が開発に成功した第四の社会的技術として「情報技術」が出現しようとしてきていると論じました。

3.脱工業社会

 またダニエル・ベルは、技術的次元から産業社会を「前工業社会」、「工業社会」、「脱工業社会」の3つに区分し、到来しつつあるという「脱工業社会」の特徴を議論します。ベルによれば、「脱工業社会」は、知識・サービス産業が中心の知識社会であり、政策決定や技術革新にかかわる理論的な知識が社会を変動させ、知識の生産・流通・利用にかかわる活動が産業社会の中で大きな比重を占めるとしました。こうしたベルの議論は未来予測を伴った発達段階論であることにおいて情報社会論と共通しています。

4.高度情報社会

 1990年代に入るころから、先進諸国では、高度情報化社会(advanced information society)の実現に向かうことが国家的な課題となりました。たとえば、アメリカにおいては、クリントン政権下において1993年に「情報ハイウェー構想」が発表され、全米に光ファイバー網を引きインフラを整えました。

 日本においては、1994年に内閣総理大臣を本部長として「高度情報通信社会推進部」が発表され、2000年には「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(いわゆるIT基本法)」が制定されました。

 2001年には「e-Japan」戦略が発表され、具体的な施策として、①高速・超高速インターネットの普及の推進、②教育の情報化・人材育成の強化、③ネットワーク・コンテンツの充実、④電子政府・電子自治体の着実な推進、⑤国際的な取り組みの強化が挙げられ、「知識創発型」社会の実現が国家戦略とすることが打ち立てられました。

 さらに2004年には、いつでも、どこでも、誰でも情報通信技術の恩恵を実感できる「ユビキタス・ネットワーク」の実現が謳われるようになりました(u-Japan政策)。

    参考

宇都宮京子編(2009)『「よくわかる社会学」(やわらかアカデミズム・<わかる>シリーズ)』ミネルヴァ書房.

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