ゆとり教育は間違っていたのか!? 日本の教育を問い直す

ゆとり教育は間違っていたのか?

1.ゆとり世代

 「ゆとり世代」から学校が週休2日になり、円周率も3.14ではなく3で教えるようになった。結果として学力も下がってしまったことへの反省から、現在では学習指導要領を改善し、学力もV字回復を遂げている。「ゆとり世代」は、教育行政の方向性を間違えたことによって生まれた失敗作。

 彼らは、勉強ができないだけでなく、協調性もない。会社の飲み会に参加しないのをはじめ、会社の方針にも従わない・・・。多くの人が、ゆとり教育について、こんなイメージを持っているのではないのでしょうか。

 どの世代が「ゆとり」なのか実ははっきりとした定義はありませんが、一般的には、1998年改訂学習指導要領で学んだ世代が広い意味での「ゆとり世代」だとされ、生年月日が1987年4月2日から2004年4月1日生まれの人のことを指しています。

 この1998年に改訂された学習指導要領は、従来の詰め込み教育から脱し、自ら学ぶ意欲、思考力、判断力、表現力などを重視し、生涯にわたる学びの基礎となる自己教育力を中核とした、「新学力観」を基本概念としてつくられました。これにともない、総合学習の時間が設けられたり、土曜日の授業がなくなったりしました。

2.ゆとり教育による学力低下?

 しかし、そんなゆとり教育でしたが、2002年ごろを境に大きく舵を切ることになりました。その変化に大きな影響を与えたのが、2000年実施、2001年に調査結果が公表されたPISA(OECD加盟国学習到達度調査)です。この調査で日本は、数学的リテラシーは1位だったものの、読解リテラシーが8位に終わります。

 この結果がマスメディアによってセンセーショナルに報道され、ゆとり教育が批判されるようになります。さらに、2003年実施の同じ調査では、数学的リテラシーは4位、読解リテラシーは12位まで急落、学力低下への危機感が増すようになったのです。

 ですが、その後、授業時間数が増加されるなどの「ゆとり」からの脱却とされている2008年改訂学習指導要領が出された後の2012年実施の調査では、数学的リテラシーは2位、読解リテラシーは1位までV字回復。これにより、ますます1998年改訂学習指導要領で学んだ生徒たちは、「ゆとり世代」というレッテルを貼られることになっていくのです。

3.「脱ゆとり教育で学力上昇」はデマ

 ただ、この2012年のPISAの対象となった当時高校1年生の生徒たちは、実は、「ゆとり教育」を受けたど真ん中の生徒たちだったのです。

 まず、彼らは小学校に進学するのは2003年でしたが、その段階では1998年度版の学習指導要領が使われており、この世代は入学の時から、「ゆとり教育」を受けていたのです。そして、彼らが中学校に進学する2009年の前年、2008年に指導要領の改訂がなされているのですが、この2008年改訂指導要領が実際に学校現場で実施されるのは、中学校においては2012年度からで、彼らはすでに中学校を卒業しているのです。

 つまり、V字回復を成し遂げた生徒たちは、完全に「ゆとり」で学んだ生徒たちだったので、ゆとり教育からの脱却とPISAのV字回復はなんの関連性もなかったのです。

4.徹底的に取られたPISA対策

 では、なぜこのV字回復がなされたのでしょうか。それは、教育現場において、徹底的にPISA対策が取られたからです。PISAの実施機関であるオーストラリア国立教育研究所は、PISAの目的を「生徒が学校を超えた生活場面での生産的かつ順応して参加できるようなコンピテンシー(行動特性)を測定すること」としています。

 つまりPISAとは、単なる詰め込みではなく、知識をいかに現実の生活に活用していくかを問うテストであり、それがこれまでの日本の学校では教えられていないものでした。

 そこで教育現場ではPISAのような設問に答えられるような教え方を徹底しました。2007年度からは日本全国の小学6年生・中学3年生全員を対象として行われる全国学力・学習状況調査でも、PISA型の「活用する力」を問うB問題と呼ばれる出題形式が出されるようになっており、これが授業に及ぼした影響は大きかったのです。

 また、そもそも、1998年改訂学習指導要領で学んだ生徒たちの学力が本当に落ちていたかどうかも疑問が残ります。事実、PISAとは違い従来型の学力観を問う国際テストTIMSS(国際数学・理科教育動向調査)の国際順位は、1999年から2011年に至るまで、ほとんど変わらず上位の成績を取り続けていたからです。

5.二つの教育トレンド

 大前研一は、世界の初等・中等教育のトレンドとして、二つのトレンドからあると分析しています。まずアジア型の「詰め込み教育」と、二つ目は北欧型の「考える」教育です。

 アジア型の詰め込み教育の例として、シンガポールが挙げられます。資源の少ないシンガポールでは、最大の資源は「人材」であるとして、二言語教育、能力主義を徹底しています。小学4年生からクラスは能力別編成、点数に応じて中学校が振り分けられ、さらに中学卒業時の成績で生徒の進路を決めるという、超エリート主義で優秀な人材を育てています。

 一方、北欧の教育システムではフィンランドが有名です。フィンランドでは、1990年代の経済危機の際、人口550万人に満たない小さな国に閉じ込められている自分たちの将来はない、世界で活躍できる人材を育てようとということで、「考える」教育に舵を切りました。

フィンランドが重視しているのは、教師が生徒に答えを一方的に「教える」教育ではなく、生徒自ら答えのない問いについて考え、教師がそれを支援する、「考える」教育なのです。

6.考える教育は記憶に残りやすい

 フィンランドのような「考える」教育は、思いつきで導入されたわけではなく、科学的根拠があります。アメリカ国立訓練研究所や産業能率大学は学習方法によって人間の記憶率がどう変化するかを分析しています。

 従来の生徒が一方的に講義を受けるような授業内容を受けた場合の平均記憶率は5%、教科書を読むといった場合の記憶率は10%、授業に視聴覚教材を取り入れると20%、実験機材などを使うと30%、ここまでが従来の、「教える」教育システムです。

 他方、フィンランドのような「考える」教育では、「グループ討論」、「体験を通した学習」、「他の生徒に教える学習」を重要視します。その場合の平均記憶率は、グループ討論が50%、体験を通した学習が75%、他の生徒に教える学習が90%と、「考える」教育の方が、実は記憶率が高いのです。

7.ゆとり教育は「考える教育」だった

 そもそも、前述しましたがゆとり教育は「新学力観」を基礎としています。新学力観とは、「旧来の学力観が知識や技能を中心にしていた」として、それに代えて「学習過程」や「変化への対応力」の育成などを重視しようと考える学力観です。

 新学力観では、生徒の思考力や問題解決能力などを重視し、生徒の個性を重視するとしています。学習内容については、体験的な学習や問題解決学習などの占める割合が従来よりも多くなり、成績評価の面についても生徒の関心・意欲・態度を重視する方向を打ち出しています。それにともない、教師の役割も旧来の「指導」から「支援」、「援助」の姿勢への転換を打ち出しています。

 このように、この新学力観にもたらされたゆとり教育は、まさしくフィンランドのような「考える」教育だったのです。

8.それでもゆとり教育は終わらない

 小学校では、2011年度、中学校では2012年度、高等学校では2013年度から学習指導要領が改訂され、いわゆる「脱ゆとり教育」が称されるようになりました。しかし、本当にゆとり教育は終わったのでしょうか。

 文部科学省によれば、2020年の大学入学共通テストでは、従来の「知識・技能」だけでなく、「思考力・判断力・表現力」や「主体性・多様性・協働性」が問われていくと想定しています。社会の「不確実性」、「予測不可能性」が高まっていく昨今だからこそ、このような学力観が問われているのです。確かに、一旦はゆとり教育は終わったように思われますが、その目指す“方向性”は変わっていかないだろと予測されます。

 また、ゆとり教育もデメリットばかりではありませんでした。とくに、この時期にゆとり教育を受けた児童・生徒の学校への「満足感」は、世界の中でも最も高い数値を示していました。他方、内閣府の「社会意識に関する世論調査」で、「日頃、社会の一員として、何か社会のために役立ちたいと思っていますか」との質問に、「はい」と答えた20代の割合は、2011年には59.4%でした。

 この数字は1983年には32%でしたので、30年足らずで2倍も増えていることになり、ゆとり教育を受けた世代の社会参加意識はより高まったのです。

 この文章を書いている私は、ゆとり教育を受けた世代ではありませんが、ゆとり世代に全くマイナスの印象を持っていませんし、かつてともにに教師をしていた両親も「ゆとり教育は間違っていなかった」と言っています。何かと悪いイメージしかない「ゆとり教育」ですが、これからこの教育を受けた世代が日本社会の中核を担っていくことは確かです。

   参考

 井川健二(2016)『岡田将生も“ゆとり差別”に怒り!クドカンドラマでも話題の「ゆとり世代」批判は完全なデマだった!

  大前研一(2015)『大前研一ビジネスジャーナルNo.6(「教える」から「考える」へ~世界の教育トレンド/日本人の海外シフトの現状と課題~)』masterpeace.

 佐藤博志・岡本智周(2014)『「ゆとり」批判はどうつくられたのか 世代論を解きほぐす』太郎次郎社エディタス.

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