私がうつ病になったきっかけ

この記事は約 3 分で読むことができます。

そもそも、私は、医療事務員ではなかった。元はホテルマンである。勤めてたホテルを辞めて、ランクアップしたら、派閥争いに巻き込まれた。

若かった私は、あっという間にボロボロになった。

それでも、一念発起し、旅に出たつもりで、長野県の某工場に勤めに出た。期間従業員だったので、半年で帰ってきた。

また、ホテルマンに戻りたいと思ってたけど、戻る勇気がなくて、接客サービス業を転々とした。電話交換手・受付嬢、販売・営業。水商売もした。そして、ある日、医療業界へと入り込んでいった。そこで、働いていくうちに、医療事務員になりたいと学校に通って、資格を得た。

すぐに、就職先は決まったけど、道は厳しかった。

父親の癌の闘病生活も重なった。

仕事はやりがいのある仕事だったけど、環境がよくなかった。そこは、人の出入りが激しく、入っても、すぐに辞める。

人手も足りないそんな所。私は、負けまいと頑張った。毎日23時近くまで残業して、仕事をこなしていった。

そしたら、目をつけられた。次第に残業代は半減されて、同期に入社した人たちは辞めて、前からいた人まで辞めると言い出した。

そして、その人から労働組合の存在を教えられ、一緒に訴えようと誘われて、ズルズルと引き込まれて行った。未払いの残業代は支払われた。けど、仕事も失った。

次の仕事は、やっぱり医療業界。法人の契約職員。

仕事が決まったとき、父親が他界した。

入社したその年から、仕事は忙しかった。出張もあった。ここでも頑張って頑張って、評価してもらってた。

3年目に入れるかというところで、法人同士の合併があるということで、全契約職員が雇い止めになった。

それも三日前に。

これが、始まり。あと一年で職員になれるチャンスがあると、これまで考えて頑張ってたから、これはガツンとこたえた。悔しかった。今でも、尾を引いている。あれさえなければ…。

次の仕事も、すぐに決まった。次も医療関係。某整形外科のスタッフ。医療事務の資格もあったから、なんでもさせられた。

ある日、一日だけ休もうと休みをとった。そしたら、大騒ぎになった。

何度も何度も携帯に電話が入り、代わる代わるヒステリックに怒鳴られた。私は、半狂乱になった。

仕事に行くのが怖くなり、精神科のドアを叩いた。精神科へ行くのは、これが初めてではなかったので、抵抗はなかった。

とにかく、診断書が欲しかった。

辞めるために。

すべて、郵送で完結させた。そして、約1年自宅療養して、次に進んだ。その先が、野戦病院。

とどめをさされて、完全にネジが止まったのである。

これが、全てではないけれど、今の私のうつ病闘病生活に、至ったのは確かだ。

いろんなことがあって疲れ果てた。だから、いまは、のんびり生きていきたい。

うつ病viviの気持ちや体験談がわかるおすすめ記事12選!

2018.10.25

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

うつ病と闘うアラフィフ。おまけに、腰部脊柱管狭窄症!踏んだり蹴ったり。のんびり穏やかに毎日を送っていきたいと思ってます。個人のブログサイト始めました。(閲覧は↓のwebsiteをクリック)