うつ病viviの追憶#2「あの日あの時そして今_小学校低学年編」

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うつ病viviの追憶#1「あの日あの時そして今_幼児期編」

2018.01.04

 

私は、小学校を二回転校しています。幼児期も引っ越しが多くありました。幼児期は、父親の仕事の関係。小学校は、家庭の事情。小学校一年生二年生までは、活発でした。

今みたいに、ゲーム機のない時代だったのもあって、毎日、公園や田んぼで遊んでいました。春になると、田んぼ一面にレンゲの花が広がって、それが、とても綺麗で懐かしく思います。オタマジャクシを沢山捕まえてきて、母親を困らせたこともありました。公園で遊ぶ時は、近所の友達と、大きな滑り台で遊んだり、鬼ごっこをしてました。

鬼ごっこと言っても、私はいつも「アブラムシ」といって、鬼に捕まらない役、ただただ、逃げるふりをして、にげるだけ。鬼ににもなりたくないし、逃げても、すぐ、捕まるし捕まえられないから、いつの間にかそんな役回りになってました。

あとは、空き地を自転車で走りまわってました。私は、今だに自転車に乗れません。坂道の多い住宅街だったので、母親が乗せませんでした。それでも、姉のおさがりの自転車に補助輪をつけて,友達の後をついて行ってました。

当時は、まだそれで、よかったけど、三年生以降は、とても、恥ずかしく、行動範囲も限られるので、転校先では、友達という友達こそ、元々、いなかったけど、遊ぶ、遊びに行くということもできませんでした。

だから、うちに、こもることが増えました。それ以外は、学校で喧嘩が、多かったです。喧嘩の理由は、よく、覚えてないけど、真っ直ぐな性格で筋の通らないことは、嫌いでした。大声をあげて、ヒステリックに暴言を吐きながら騒いでいました。あまりにも、激しくて、よく吐いたりしてたのを覚えています。

うちでは、共働きだったので、鍵っ子で、夕方、遅い時間になると隣の家に行ったり、一人、灯りもつけずに暗いうちの中で、じっと、誰かの帰りを待っていました。

家族がうちにいる時、数回、妙なことがありました。決まって、私が昼寝をしている時に、それは起きました。昼寝をしていると、ある決まった夢を見ては、突然、泣きわめきヒステリックに騒ぎ、母親や姉から逃げ回ってました。その時、見ていた夢というのは、今でも、はっきり覚えています。

部屋くらいの大きな折り紙で、鶴を折ろうとしてたら、そのが折り紙が、しわくちゃになってきて、最後は、ぐちゃぐちゃになって丸まってしまうというもの。その瞬間に、目が覚めて、この行動をとって、ヒステリックに逃げ回り、母親や姉に捕まると、魚眼レンズのように、母親や姉が、くねくねに曲がって見えて、それが、また怖くて泣き騒いで逃げる。そんな妙なことが、よく、起きていました。

今、思うと、あの頃、早いうちに、何かしら精神科でカウンセリングを受けていれば、その後、困らなかったかもしれません。今の時代は、いいですね。

幼いうちから、気軽に精神科にいって、治療やカウンセリングが受けられる。昔は、精神科というと、よほどのことがない限り、行けなかったし、偏見や世間体というものがありました。特に、うちは世間体を気にしてたし、滅多に病院に連れて行っては、くれませんでした。きっと、まだ、精神科的医学も発達してなかったと思います。あの日あの時、救いの手があったらと、どんなによかったかと今でも思います。次回は、転校してからの話をします。

 

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うつ病と闘うアラフィフ。おまけに、腰部脊柱管狭窄症!踏んだり蹴ったり。のんびり穏やかに毎日を送っていきたいと思ってます。個人のブログサイト始めました。(閲覧は↓のwebsiteをクリック)