障害のある母と歩く 私の家族の紹介

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1.はじめに

 私自身、うつ病を患って長いですが、私には3年前に、脳出血を発症して左半身が麻痺している母がいます。今回は、その母と私のこれまでについて書きたいと思います。

 母が倒れたのは、3年前の2月の冬のことでした。直前まで一緒に車に乗っていて、母が運転していました。運転終了後、5分ぐらいたって、母は「体の感覚がない」と言ってきたのです。後になってわかったことですが、車の運転中は一時的に血圧が高くなる人が多いらしく、その影響かもしれません。僕が救急車を呼び、母は運び込まれましたが、病院に着いたときには意識不明の状態でした。

2.病院でのリハビリ

 なんとか一命を取り留めた母でしたが、初めは喋れない状態でした。そんな母でしたが、翌日には喋れるようになりました。

 病院でのリハビリは、発病して3日後に始まりました。最近のリハビリはすぐ始まるのですね。リハビリは、手を動かしたり、病院の廊下を歩いたり、口を動かしたりする訓練を行いました。

3.リハビリテーション専門の病院でリハビリ

 運び込まれた病院である程度、リハビリを終えたら、今度はリハビリテーション専門の病院でリハビリが始まります。この頃になると母も落ち着いてきたようで、毎日忙しく、また楽しくリハビリを行っているようでした。

4.自宅でのリハビリ

 リハビリテーション病院での病院も期間が決まっています。一定期間終えたら、今度は自宅で普段通り過ごすためのリハビリが始まりました。家に、作業療法士さんと理学療法士の方が家に来て、リハビリを、週3日程度行います。この頃になると、リハビリもそうですか、リハビリよりも療法士の方と一緒に話すのが楽しいと言っていました。

5.そして現在

 現在は、週に3日、車で迎えに来てもらい、近くのデイケアに行ってリハビリをしています。リハビリは結構、ハードらしく、15分、エアロバイクで自転車をこぐ訓練をしていたりするらしいです。あと、入浴と昼食もデイケアで行います。

 仕事一筋、管理職にまでなった母でしたが、脳出血で倒れた直後はやはり落ち込んでいました。ですが最近は、元気になり、家でのんびりと過ごす雰囲気で、僕も嬉しいです。

 最近は母と父と一緒に家族みんなでステーキを食べに行ったり、回転寿司に行ったりしています。

 そんな僕も母に少しでも親孝行しようと、プロ野球が好きな母親のために、インターネットで見ることができるプロ野球中継の動画サイトを契約して、一緒に野球を見たりしています。

 僕の母方の祖父も脳出血で倒れたことがあります。脳出血になりやすいかどうかは、遺伝にも影響されるらしいです。僕も健康には気をつけたいと思います。

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2018.10.25

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