TANOSHIKAと出会ってからと出会うまで

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今日は、私がTANOSHIKAで働けるようになるまでの経緯を書きたいと思います。

私は15歳から精神病院に通院し始めました。

両親がいない私は、児童養護施設で育ちました。

なので正直自分が病気だとも、どこか治療しないといけないとはあまり思っていませんでした。

それでもやはり児童相談所から通院しないと他の施設に移すと言われ、反抗期のせいもあり、先生たちから引っ張って車に乗せられて泣きながら診察を受けました。

最初はどうしても受け入れることができず、入退院を繰り返し暴れたり

大人の人たちに逆らうことしか考えていませんでした。

当時の病名は行為障害でした。

 

現在は27歳になり、かなり落ち着いたかなと思います、因みに現在の病名は躁鬱です。

今は反抗?ではないけど、やっぱりまだ薬を飲みたくない時があります。

薬を服用していない状態が本当の自分なんじゃないかと思ってしまいます。

でも薬を飲まない状態を続けていると、やはり生活リズムが狂って仕事も家事もできなくなり、引きこもってしまいます。

なので服用は欠かせません。ちゃんと飲んでます!

 

その後、通院をしながら去年くらいから仕事を探していましたが、1ヵ月以上仕事が続いたことのない私は自信も何もなく、焦っていました。

 

そんな時に去年できたばかりのA型作業所『TANOSHIKA』をタウンワークで

偶然見つけました。

自分で見つけたし働きたい気持ちが強かったので、主治医には面接を受けた後に言いました。

案の定「まだ早い」と言われましたが、面接のときに社長から「あなたなら大丈夫だと思う、仕事できるよ」と言ってもらえてすごく嬉しかったし、ちょっと自信をもらえたのを覚えています。

しかしやはり主治医の同意が得られず、入院を通しても意見が合わず、治療関係を終わらせてしまいました。

他のクリニックに移ってから許可をもらい、TANOSHIKAに働きに行けるようになりました。

 

最初は遅刻や長期の無断欠勤などで、迷惑をかけてしまっていました。

人見知りもあって馴染むまでが毎回大変なのでそれに耐えられず、逃げ出してしまう

学生時代からの悪い癖が出てしまっていました。

 

今はみんなとも普通に話せるようになって、毎日来るのが楽しいです。

自分勝手に行動してしまったのに受け入れてくれて本当に感謝しています。

仕事ってこんなに楽しくできるものなんだとTANOSHIKAにきて知れました。

 

まだ働き出して間もないですが、TANOSHIKAで働けて自信も楽しみもできて

前よりはるかに充実した生活を送ることができています。

 

社長の理念や仕事への取組み方が、自分には合ってると思うので

ここにこれて本当に良かったと思います。

先の事はわからないけど、ゆっくりでも社会に貢献のできる人間になりたいと思います。

TANOSHIKAで働いていると、それができるんじゃないかという希望も

見出せるような気がしています。

これからも頑張って働きたいと思います(≧◇≦)

 

TANOSHIKAは楽しかですよ(笑)

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