「統合失調症と劣等感」

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 わたしが統合失調症になったのは24歳の梅雨、大学を卒業して仕事を始めて間もない頃でした。29歳の現在に至るまでは、仕事と治療の繰り返しでした。もうすぐ30歳になるここ最近抱いている劣等感を述べたいと思います。本当に劣等感の塊なので、見たくない人はブラウザバックしてください。

~健康でないことの劣等感~

 統合失調症で苦しい思いは数えきれないくらいしました。その結果、自分が健康でなく病人であること自体が劣等感になっています。健康な人は、病院に行くことはめったにありません。健康な人の多くは、仕事をして稼いだお金で生活しています。日本では独身率が高まってきていますが、健康な人の方は病人よりも恋をしたり結婚したりするのでしょうか。統合失調症になって人生にハンデを追っていると認識できたのはつい最近ですが、このように自分が病気であることでできないいろんな物事に対して劣等感を持っています。

~学歴と同級生に対する劣等感~

 わたしは、そこそこ有名な国立大学を卒業しました。研究者を目指した時期もありましたが、道のりが険しいことに加えて教育に興味を持ったので、卒業後教師になりました。しかし、統合失調症を発症。自宅治療・入院・転職、それらの繰り返し。途中でとてもやりがいのある仕事に就いたこともありましたが、やはり再発。気づけば30歳。大学の頃に仲良くしていた友人たちは、みな仕事で活躍しています。結婚し、子供がいる友人も。家を建てる予定という友人もいました。みな人生を謳歌しているのでしょうか。もちろん苦労もしているのでしょうが、それが見えないくらいまぶしい世界に住んでいます。うらやましい。

~劣等感が疎外感へ~

 身近な人間がそのようなまぶしい世界に住んでいると思うと、それだけで劣等感が生じます。健康な人のように当たり前に仕事をすることができないことが、自分にとって一番の負い目です。統合失調症を患っていても、本当はがつがつ働きたいんです。でも、統合失調症になったからだが、それを受け入れてくれません。働きたい、働いてなにかをやり遂げたい、社会に貢献したい。しかし、もちろんそのようなことなどできず、やはり劣等感を持ちます。そして、社会に参加できていないことから、疎外感を感じていました。実家の自室で、ひとり過ごすことが、どんなに寂しかったことか。今は、TANOSHIKAで働き始めることで社会に参加でき、心から嬉しい限りです。

~自分が障害を真に理解できていなかった~

 統合失調症を患うことは、罪ではありません。医学的には、遺伝要因と環境要因の複合で発症するとされており、100人に1人が発症する病気。誰でもがなる可能性のある病気。自分がなにか悪いことをして病気になったのではないのです。だから、生活にハンデがあって当たり前ですし、利用できる福祉制度を使っても悪くはないと思います。「障害を持っている自分が悪い」、と思っていたときは、障害の意味を全く理解していなかった。本当にそうです。自分が病気や障害に対して偏見を持っていたのだと、今では反省しています。

~まとめ~

 自身の病気について劣等感を抱いている人は、おそらくわたしだけではないと思います。たくさんの方が、そう思っているのではないかと思います。そんなときは、ご自身の病気をテーマにしたエッセイを読むといいかもしれません。わたしの場合は、「統合失調症だけど、がんばって生きています」という漫画風のエッセイを読んで、だいぶ気持ちがらくになりました。苦しんでいるのは自分だけではないんだと知ることができて、言い方が悪いですがほっとしましたし、それに勇気づけられました。できれば、日本の社会がもう少し寛容になり、病気で苦しんでいる人にも活躍の場を与えるような未来がくるといいなぁ、と綴って終わりにします。

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ABOUTこの記事をかいた人

30代になりたて、統合失調症&適応障害持ちの、元教職員です。生物学が好きで、TANOSHIKAの仕事でなぜなに生物学を企画したり別に生物サイトを立ち上げたりしています。生物学習サイト「高校生物の学び舎」をはじめました。(↓のwebsiteをクリックで閲覧できます)